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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)3526号 判決

第一〇五五一号事件原告・第三五二六号事件被告 対崎取子

第一〇五五一号事件被告 早川志満 第三五二六号事件原告 早川澄子

主文

早川志満は対崎取子に対し末尾目録〈省略〉(一)記載建物より退去して同(二)記載の土地を明渡せ

早川澄子の対崎取子に対する請求を棄却する

訴訟費用は早川志満早川澄子の各負担とする

事実

対崎取子(以下取子と略称す)訴訟代理人は甲事件として主文第一項同旨の判決と訴訟費用は早川志満(以下志満と略称す)の負担とするとの判決と仮執行の宣言を求め、乙事件として早川澄子(以下澄子と略称す)の取子に対する請求を棄却する訴訟費用は澄子の負担とするとの判決を求めた。

甲事件の請求原因として、

(一)  取子は志満の子訴外早川清こと大木清に対し、昭和二九年六月一八日より数回に亘り合計金二一万四三〇〇円を貸渡したが、同日右元金に対し利息年一割、弁済期同年一二月三一日と定めこれに右清の実妹澄子名義に存する別紙目録(二)記載土地につき右澄子の承諾の下に抵当権を設定し、同年六月二九日受附を以てその旨の登記手続を了した。しかるに訴外清は期限を過ぎても少しの弁済もしなかつたので取子は昭和三〇年四月一日競売の申立をなし、取子において自ら競落し、同年七月八日付競落許可決定により同年一〇月一日附その旨の登記手続を経て取子がこの土地の所有権を取得した。

(二)  しかるに右土地の上には訴外有限責任交友住宅組合において取子に対抗し得る権原なくして別紙目録(一)記載の家屋を所有しまた志満はこの家屋に居住しいずれも取子の所有に属する本件土地を不法に占有している。よつて取子は志満に対して右家屋より退去して右土地の明渡しを求めるため本訴請求に及ぶと述べ、

志満の主張に対し、本件抵当権設定当時本件家屋は澄子の所有に属しないのであるからいわゆる法定地上権の問題を生じない。仮に右問題を生ずるとしても本件抵当権設定当時志満や澄子等は明らかに本件家屋は他の所有に属するものと断言し取子が希望する本件土地と家屋につき一括して抵当権を設定することを拒否した。したがつて今日、志満や澄子がこの家屋は澄子の所有であると主張することは、禁反言の法理に背き許されない。また同人等が右抵当権設定から本件競売手続まで故意に家屋所有の事実を覆い隠してきたとするならば、信義に則し誠実に法律行為をなすべき義務を怠つたものであつて、右法律行為をするにつき抵当権設定者が自ら建物について予め法定地上権の利益を放棄したと解する外はない。蓋し民法第三八八条の性質は地上権を不要とする者にこれをしいて与えんとする程強行的の意味をもたないからである。

仮に澄子が本件家屋の所有権を売買によつて取得したとしてもこれについては物権変動を対抗するに必要な登記の経由がないから本件土地の競落人たる取子に対しこの所有権を主張することは許されない。志満は法定地上権を取得するには建物につき登記を必要としないと主張するが建物に対する保存登記の場合はともかく本件競売当時本件建物のようにその所有登記名義が既に第三者に存している以上澄子の所有であることを前提としての民法第三八八条の適用の余地はない。

本件抵当権設定に際し取子は本件家屋が澄子の所有に属することを知つていたとの点は全く虚構の主張であり、また権利濫用の主張の如きは、本件土地の価格がいかほどであり競落価格がいかなるものであれ、これを非難するのは全く場違いであり失当である。乙事件の答弁として甲事件の主張を援用すると述べた。

志満訴訟代理人は甲事件として取子の請求を棄却する訴訟費用は同人の負担とするとの判決を求め乙事件として取子は澄子に対し別紙目録(二)記載の土地につき、同(一)記載建物のため別紙目録(三)の事項を内容とする法定地上権設定の登記手続をせよ右法定地上権に基く相当地代の指定を求める訴訟費用は取子の負担とするの判決を求めた。甲事件の請求原因に対する答弁として、(一)の事実は全部認める、(二)の事実中、志満が本件家屋に居住占有している事実は認めるがその他を否認する。

本件土地の上にある本件家屋はもと志満が澄子らその家族と共に昭和七年以来当時の家屋所有者有限責任交友住宅組合(理事石川隆八外二名)より引続き賃借していたが、同組合は昭和一七年七月解散し、本件建物の所有権を財団法人東京都住宅貸付金整理協会に譲渡したので志満は同協会より同家を引続き賃借中、昭和二六年一一月三〇日当時解散、清算中の同協会より志満の娘子においてその所有権を譲受けた。したがつて澄子が取子に対し前記のように本件土地につき抵当権を設定した当時は本件家屋もまた右澄子の所有に属していた。それ故に取子が競落により本件土地所有権を取得したとしても、澄子は民法第三八八条に基き競売の場合に地上権を設定したものとみなされるのであるから澄子の実母である志満も澄子の右地上権を援用し得て、正権原により本件家屋を占有するものと称すべきである。このいわゆる法定地上権は、土地と建物が同一人の所有である場合、そのいずれか一方が競売により他人の所有に帰した場合、他の一方は法律上当然に使用権が認められるもので、所有権取得の対抗要件としての登記を必要とするものではない。

仮に本件の場合本件家屋に澄子名義の登記がなければ取子に対抗できないとしても、取子は抵当権設定当時本件家屋が澄子の所有であることを承知しており、また右建物敷地が前記法条に基き法定地上権を認めらるべきであることが明かであつたために当時においても二〇〇万円以上の価値のある本件家屋の最低競売価格が僅かに一九万円であつたのである。かような事情の下において取子が本件家屋の収去を求めることはまさに権利の濫用といわなければならない。

乙事件の請求原因として澄子は末尾目録(一)の土地を所有しておつたが、さらにその土地の上に同(二)の建物をも所有していたところ昭和二九年六月二九日取子のため前記土地のみについて抵当権を設定した。取子は昭和三〇年三月二五日抵当権実行による競売の申立をなし、自ら競落しその競落許可決定確定後昭和三〇年一〇月一日取子のため所有権取得の登記がなされた。しかるに右土地につき抵当権設定当時、この土地とこの地上の前記建物がともに澄子の所有であつたから、澄子は民法第三八八条に基き現在取子所有に属する本件土地につき法定地上権を取得したものであるが地代につき協定ができず、また澄子は第三者に対する対抗要件を備える必要もあるので請求趣旨通りの判決を求めるなお甲事件において述べたところを援用すると述べた。

証拠〈省略〉

理由

取子が志満の子大木清に対し、昭和二九年六月一八日、かねて数回に亘り貸与した合計金二一万四三〇〇円につき利息年一割、弁済期同年一二月三一日と定め、これに右清の実妹澄子名義に存する末尾目録(二)記載土地の上に、抵当権の設定を受け同月二九日その旨の登記手続を了したこと、右清は期限を過ぎても弁済をしないので、取子は昭和三〇年四月一日右抵当権に基き競売の申立をなし、自ら競落し同年七月八日競落許可決定による取子名義の所有権取得登記を経たこと、この土地の上に日録(一)記載の建物が存在し、志満がこれに居住して右土地を占有していることは当事者間に争いがない。

次に澄子が右土地につき法定地上権を取得したかどうかの点を判断する。

成立に争いのない甲第一、第二、第六、第九号証、乙第三、第六号証第一〇号証ノ一、二、当時証人としての早川澄子の証言、その証言により成立を認め得る乙第一号証に証人大木清の証言早川志満、対崎取子の各陳述によれば、(但し前記各証拠の内後記認定に牴触する部分は除く)目録(二)の土地の上に存する目録(一)の建物は澄子の父早川竜之助(昭和二六年五月死亡)が右清名義を以て訴外有限責任交友住宅組合より賃借していたところ、右組合は昭和一七年七月解散し、訴外財団法人東京都住宅貸付金整理組合において右住宅組合の権利義務を承継したところ、右整理組合も昭和二五年一二月解散し、訴外小野新次郎が清算人に就任した。

早川家の長男である訴外清は当時この家から別居し、身持もあまりよくないので澄子がこの家の買主となり、昭和二六年一一月三〇日右小野清算人との間に代金一七万円、内金三万円は契約と同時に支払い、残金は同年一二月二五日に、昭和二七年一月末日に同年二月末日に各金二万円宛、また同年三月より昭和二八年六月までは毎月末日毎に金五〇〇〇円宛支払うこと、右割賦金の支払を二回以上怠つた場合は、期限の利益を失い残額一時に請求されても異議がないこと、建物所有権移転登記は代金完済後にすることなどの約束で売買契約を締結した事実はこれを認めることができる。但し右代金を澄子において完済したかどうかの点についてその立証の用に供する乙第五号証の一乃至三、同第一二号証の一乃至一一の成立について原告はこれを否認、もしくは不知を以て争つているが、これ等書証の成立を肯認すべき立証がないし、前記早川澄子、同大木清の各証言早川志満本人尋問の終果のみを以ては未だ右弁済を確認するに足りない。而して不動産を目的とする売買契約において代金完済後登記する旨の約定は、代金の完済までは当該不動産の所有権が買主に移転しない約定であると解するのが、他に特段の事情のない限りわが国の不動産取引の実状からみて相当というべく、してみると本件建物所有権は未だその代金完済の確認が得られない限り買主に移転したものと即断することは許されない。もつとも、成立に争いのない乙第一〇号証の一、二よれば澄子は前記整理協会を被告として、本件建物の所有権移転請求権保全の仮登記にもとずく本登記手続を求める訴(東京地方裁判所昭和三五年(ワ)第三一九九号)を提起し、澄子の勝訴判決が確定していることを認めることができるが、同号証の一によれば、この訴では被告協会の代表者を清算人小野新次郎としており、しかも右小野は昭和二八年一一月一九日既に死亡していることは本件記録上明かである。そして本件判決がいわゆる欠席判決であることを思うと、前記乙第一〇号証の一、二が存在するからといつて本件建物が客観的に真実澄子の所有に属したものと断定するに至らず、また成立に争いのない乙第八号証、第九号証の一乃至四によれば本件建物の固定資産税は澄子において負担していたことを認めることができるが、これ等書証により明かなように澄子は納税管理人の地位において右支払いに及んだものであるから、右納税のことから直ちにこの建物所有権が澄子に属するものと断定することはできない。

その他の全証拠によるも澄子が本件土地につき抵当権設定当時右建物の所有権者である事実は未だ確認し難いのである。

仮に右建物が澄子の所有に属すとしても次の理由から澄子は取子に対し、法定地上権の取得を主張する筋合いではないと解する。すなわち、

成立に争いのない乙第六号証、証人渡辺道子、当時証人としての早川澄子の各証言、対崎取子、早川志満各本人尋問の結果によれば、取子は清に対する前記債権につき本件土地を抵当にとる当時、本件建物もまたこれに併せてその目的にしようとしたところ、澄子や志満は貸地、貸家業者萩原好之助の助言により、取子やその代理人弁護士渡辺道子に対し、この建物は自分の所有ではなく、他より賃借しており、家賃は地代と相殺しているなど申向け、極力この建物が澄子の所有でないことを強調し、また右建物には澄子の登記名義のないことはもちろん、訴外財団法人東京府住宅貸付金整理組合の所有名義の登記が存在しているために、取子もこの建物を除外して本件土地のみに抵当権設定を受けるに止めたことを認めることができる。この点に関する萩原好之助の証言は採用せず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

してみると、法定地上権制度は競売目的土地上の建物の存続を全うせんとする国民経済上の必要からいつて、公益的のものであることは否定するものではないが、直接の目的は建物所有者の保護にあるのであるから、この建物所有者がともに自己の所有に属していたその敷地のみに抵当権を設定するに当り、特に建物は自己の所有でないと極力主張し以て債権者をしてこの建物を共同担保にする希望を断念せしめたような場合は、今更、訴訟においてこの建物の所有は右抵当権設定当時から自己に存することを主張するのは、いわゆる禁反言的法理によるも取引の信義則によるも許されざるものと認めるのが相当である。

また、本件建物収去土地明渡の請求は権利の濫用であるとの主張についても、本件土地の価額は現在としてはともかく、当時において果して一〇〇万乃至二〇〇万円程度のものであつたかどうかの点についてはこれを確認すべき資料はないし、しかも取子は二〇余万円の債権の担保として右土地所有権を取得したとしても、それは公の売買においてであり、代物弁済などによつてこれが所有権を取得した場合とは自らその趣を異にするから、他に特段の事情のない限り、権利濫用の抗争は採用の余地はない。取子が澄子に対し、本件抵当権を設定せしめんとするに際し、執よう、且つ強制的な要求をくりかえした事実はあつても、かようなことは権利濫用を肯定する資料とはなし難い。

よつて、澄子は未だ本件土地につき法定地上権を取得したものとは認められないから、その母志満も土地所有者である取子に対抗する権原なくして本件建物に居住している結果となり取子の請求に対し、この建物から退去せざるを得ない。また澄子の法定地上権の取得を前提とする請求も理由なしとして棄却を免がれない。

よつて、主文のように判決する次第である。

取子は志満に対し仮執行の宣言を求めているが、当裁判所は相当でないと認めその宣言をしない。

(裁判官 柳川真佐夫)

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